野村克也さんの記事を見て思う、結果よりもプロセスが大切だと思うことについて。

皆さん、おはようございます。本日もブログを書いていきます柚木啓佑です。

本日の気になったNewsPicksの記事はこちらです。

野村克也氏が気づいた「成長が止まる人・成長し続ける人」の違いhttps://gendai.ismedia.jp/articles/-/73099

今年の2月に亡くなられた元野球監督、野球解説者の野村克也さんが執筆した「上達の技法」の中身を紹介した記事です。その中でも結果よりもプロセスに焦点を当てた記事になっています。

結果至上主義の現代

僕自身も会社に2社属してきたが、どちらも結果を求められた。会社では自分の仕事が経費に見合わない結果だったなら、仕事の出張も「旅に行くわけじゃないんだから」と上司に小言を言われたこともある。あるいは「先週はもっと作業が速かったのに今日は遅い!」と効率的な作業という結果を求められた。

営業職時代は上司から押し付けられた仕事や自分の仕事の作業分配が難しく、上司から仕事を遅めにすると「まだ、終わっていないのか」と上司の仕事は早くやるという結果を求められる。仕事で農産物の比較試験をしている時も、自社の製品を使用圃場の方が収量が良いなどの結果を求められた。加えて、毎回の報告書の提出だ。

会社組織に属する以上、経費や人件費がかかるのでそれに見合う結果を求めるのは当然だ。

結果よりプロセスを重視するという考え方

しかしながら、記事では野村氏は自身が不器用であると自覚していたために結果はすぐに出ないが努力を大切にするようになったと書かれている。

これは僕の考えだが短期的に結果を出すことは難しいし、結果を出さなければダメだという状況は肉体的、精神的、経済的に厳しいと思う。上司の考えで言えば、早く仕事を終わらせたり、営業成績を上げることは社長からの命令だから仕方がないと結果を求める。

ただ、部下に「なぜ、結果が出ない」と辛辣な言葉を浴びせてもやる気や自信が低下するだけだと思う。最近の若い者は根性が足りないといわれることが、若い者から言わせるとうさぎ跳びしてイチロー選手になれるんですか、結果を出せるイメージが湧かないのですけど、と問いたい。

結果は大切だが、なぜそのような結果になったのか、途中のプロセスを考えないと結果が出しずらい状況や仕事量だった場合、結果を出すのが遅くなるのは当たり前だと思う。

「どうして、このレベルの納品をするんですか。仕事なめているんですか。」

「これを調べて意味があるのか。現場が納得するのか。」

「まだ、あの仕事終わっていないのか。」

というよりも

「どうして、このような結果になったのか理由を言ってください。」

「これを調べた理由を教えてください。」

「何に優先度を高く設定しているのか」

このような言葉をかけて、円滑に仕事を進めることのほうが建設的だと思うし、何より、誰かと考えながら仕事をするので結果を出しやすい方向にもっていきやすいと思う。そして、根性論で疲弊する仕事のやり方にはならないと感じる。

結果至上主義の人の考え方

ここで結果ばかり求め、批判や叱責をするのはなぜかと考えてみました。

まず、部下や発注先を自分よりも下に見ている。その人を教育する時間を省き怒ることでその人を追い詰め、仕事をさせる状況を作っている。

もし、仕事がダメならその仕事を出ていくのだから仕方がないと、自分と同じレベルの仕事の質を経験が浅い者に求める。実際、僕はこの結果至上主義の考え方の人についていけず、仕事をやめたことが2回ほどある。

そして、やめることになったとき、自分が悪くないと思っている。やめるのは根性なし、あるいは仕方がないと思っている。

実際、やめるときに、「もう少し仕事をしてくれないか」と言わない上、「次、頑張れよ」と切り替えが早すぎる。

また、フリーランスをやめる際は自分が悪いと言わずに、お前に根性がないとそういう教育だったのだから仕方がないと、自分の非を全く認めない。しかも、やめると言ったときは食事に誘い、NOと言いづらい状況の中で今までとあまり変わらない納品価格にしてほしいと言う。

この2パターンのやめるときに言えるのは、楽して結果を出したいと思っていることだ。世の中によくいるタイプだと思うが、自分だけ楽して他者をこき使おうと思っている人や会社からは人は自然と離れると思う。

これからの時代はプロセスを重要視するべし

人であれ、お金であれ、物であれ短期的に結果を求めれば、人もお金も物も自然と離れてしまう。

逆に人、お金、物を大切に考え、長期的な努力を惜しまなければ、人もお金も物も自然と集まってくるのではないかと思う。プロセスを意識するというのは仕事を通じて、その人を理解することだと感じる。人を理解することは、その人の仕事への目的意識が明確になり、のちに大きな利益を生み出すのではないか強く思います。

最後に

本日も自分なりに書きましたが、抽象的だったり、目線が高かったかもしれません。

しかしながら、思考の整理は少しずつできてきたと思います。また、次の記事でお会いしましょう!

コロナショックで4月の残業が減少を受け、副業、兼業、起業などの自分のライフスタイルを考えてみた。

皆さん、おはようございます。

今日もいい天気の中、元気にウォーキングを小一時間してきました。頭もスッキリしてきたところで、今日のアウトプットです。

コロナショックで4月残業代が飲食サービス業で46.1%減り、4,113円、製造業では20.4%減の2万6578円

今朝みたニュースの引用元です。

https://this.kiji.is/642884895872631905?c=113147194022725109

この記事では厚生労働省が発表しているデータでは、4月の飲食サービス業で46.1%減り、4,113円、製造業では20.4%減の2万6578円だったとのこと。

やはり、飲食サービス業、製造業ともにコロナショックの影響で企業の収益が下がっているため、人件費を減らさざるを得なかったり、単純にあまり人がお店に来なかったりするのでしょうね。

残業代で日々の生活を維持していた人にとっては大打撃です。しかし、今回のコロナによる変化は仕事の関わり方を変えるチャンスではないでしょうか。

人には体力の限界がある。

残業をするということは多くの会社員にとって意味するのは週で9時間拘束、約8時間労働×5日つまり週40時間以上に働くことです。僕も農業生産法人の時に残業ではありませんが休日出勤をして働いたことはあります。お金は働いた分だけ増えました。でも、ほかの平日の時間の仕事が疲れて辛く、効率が悪くなりました。

お金を増やすというときに残業、特に体を使う仕事の場合、あまりおすすめはしないやり方だと思います。自分が体を壊したら、収入が止まってしまいます。働き過ぎで健康という自分にとっての最も大切な資産を失うことになります。

残業ができない時間で副業、兼業、起業準備などをする

僕は残業ができない今の時間を使って、副業、兼業、起業準備をするべきだと思います。

在宅している時間でお金を稼ぐ方法を見つけるのです。

僕も会社員時代は副業で動画編集の仕事をしていました。本業で11時間で副業で3~4時間といったところでしょうか。毎日、15~16時間ほど働いていました。その後、動画編集の専業をすることになりますが、うまく軌道に乗せれられずに今は派遣社員をしています。

でも、当時、本業で30数万+副業で7万ほどだったので、40万ほど稼いでいたので意外といけるものだと感じています。本業+副業は安定しているので、今の世の中の流れで一番現実路線化もしれません。

僕自身は本業+副業→起業失敗してしまったので偉そうに言えませんが、自分や家族のために無理ない程度に働く時間を増やすのは決して悪いことではないと思います。

今、僕自身も働き方を考え中

僕自身は今、33歳ですが、会社員やフリーランスを経験した上で派遣社員をしています。自分の場合は自衛隊3年→農業業界が6年半→動画編集フリーランス5か月→派遣社員という特殊といえば特殊なキャリアなので、次の一手を考え中です。

在宅で言えばWEBライティング、プログラミング、せどり、各種金融商品への投資などなど、本当に稼ぐ手段は多いものです。

でも、僕の経験上で一つ言えるのは稼ぐことは目的ではなく方法ということです。僕はお金や物があれば、お金を稼げるスキルが手に入るんだと起業も合わせれば今まで300万~400万くらいは使ったと思います。でも、自分の求める働き方も含めたライフスタイルはすぐに現実にしたほうが良いと良いと感じています。

僕の場合は始まりは趣味の合気道をやりながら、農業をやるという武農一如に近いものでした。でも、お金を求め過ぎたせいで合気道をやらず、農業をやらなくなってしまったのです。

今なら言えます。お金を稼ぐよりも先に自分にとっての幸せを日々の生活に取り入れることだと。僕の場合はそれは合気道だと感じていますが、人によってはそれは全く違います。

自分の幸せだと思う時間を生活に取り入れる

今なら言えます。

お金を稼ぐよりも先に自分にとっての幸せを日々の生活に取り入れることだと。僕の場合はそれは合気道だと感じていますが、人によってはそれは全く違います。

お金を稼がなきゃ何もできないではなく、今ある生活に幸せを感じながらもう少しだけ生活を良くしてみようかなと思うのです。

つまりこれです!

幸せ > お金や物

自分の幸せを感じるということは別の言い方をすれば、自分にとって不要な価値観や幸せを捨てるとも言えます。

手順としては

1、目的を決める。(例、楽しい時間を生活に取り入れる)

2、戦略(例、合気道や農業できる時間を作る)

3、戦術(例、日々、合気道や農業しながらという前提で、自分に合った副業等の稼ぎ方の実践)

このとき、戦略の中で自分の好きな時間をとることができないとなれば、場合によっては仕事や環境、人間関係を変える必要があります。自分の求める生活のために自分が幸せと思うこと以外を捨てるのです。

最後に

本日もニュースから働き方、幸せ論まで話が飛躍してしまいました(笑)でも、アウトプットすることで、自分の意見がかなり明確になりますね。まずは自分で稼ぐための準備をします。

自分で副業や兼業、別の仕事を始めたら少しずつアウトプットしていけたらと思います。

では、次回お会いしましょう!

本質を見抜く大切さについて考えてみた。

おはようございます!本日は散歩1時間してきたゆのけいです。

今日は何を書こうかなと思いましたが、表題のものにします。

はじめに

現代はめちゃくちゃ変化の激しい時代です。

情報はSNSで個人で発信しているし、新型コロナの影響もある関係でリモートワークしないとなと世間も考え始めてきていると、ただいま第四次産業革命爆走中です。

でも、物事全般に言えますがメリットとデメリットが存在します。お金やものなど経済性を追い求めすぎる困ることもあるのじゃないかなと思った次第です。

時代を追い求めすぎると何が起こる?

では、本題です。

時代を追い求めすぎると何が悪いんでしょうか。

時代に合わせて経済成長しているし、物が豊富になり人々は豊かになりました。このままリモートワークが進めば会社に行かなくて済むし、無駄が減るし、効率的でいいじゃないか。便利でいいでしょう!表面的には思います。

僕が思うに便利になり、仕事で言えば課題や問題を解決する時間が圧倒的に早くなると思います。それはだれもが求めることでしょう。でも、その反面、本質を見抜く能力がなくなるのではないかと思います。

物事の本質とは?

僕は物事の本質というと、樹木で言えば幹に相当する部分だと考えています。逆に効率化の向上は樹木の枝葉に相当すると思います。

技術の進歩は確かに便利で魅力的です。誰だって楽したい。苦労したくない。そういった欲望から生まれたものも多いと思います。でも、その課題はそもそも論、解決する必要性があるのかと考える必要があると思います。

例えば、ある若い男性が仕事で朝早くから夜遅くまで働いていたとします。自炊する時間もなく、コンビニ弁当や外食ばかりしていたとしましょう。その男性はこのままでは栄養不足になると思い、サプリメントを飲むようになりました。

この場合、男性は健康問題という課題を解決するためにサプリメントを使って、解決しようとしています。でも、この課題をサプリメントという便利なもので解決する必要性はあるんでしょうか。

僕はこの問題の本質はずばり、働き方だと思います。コンビニ弁当や外食をしなくて済む仕事のスタイルに変えたほうが良いと思います。今回は健康問題と仕事に関連した課題でしたが、これが仕事に対しても、生活に対しても多く起こるようになっていくのではないかと思います。

僕のいた農業業界の場合

僕は農業大学校2年、生産法人2年、肥料販売メーカー2年半の6年半関わりを持ちました。日本農業の場合、99%は本質からズレたことをしています。その理由は化学肥料と農薬の使用にあります。化学肥料は植物に必要な窒素、リン酸、カリの三要素を多く含み養分としてはサプリメントに近いものがあります。農薬は栄養に偏りがある植物が虫が寄ってこないようにするために散布します。人間でいえば、食事をしっかりとらないでサプリメントと風薬を飲んで仕事をするようなものです。

農業の場合、本質は土づくりにあります。土を柔らかく、植物を育ちやすくするためには植物を腐らせて作った植物性の堆肥が必要になります。柔らかい土は植物は育ちやすく、化学肥料の量や農薬の量も少なくなりやすいのです。

人間の場合もお米もお肉も野菜も栄養を偏ることなく食べたほうが健康的で、風薬は少なくて済みますよね。

なぜ、人は本質の解決を避けるのか?

僕が考える人が本質を避ける理由はすぐに結果がでないからだと思います。

サプリメントを飲めば一応は動けるし、風薬を飲めば仕事にも行けます。摂取も簡単で結果も早いです。

でも、健康的な食事を摂るには自炊だったら作るのに時間もかかる上、片付ける手間もありますよね。そう、時間がかかってメンドクサイのです。

本質ではないもの、今回の場合はサプリメントを依存した場合、短期的に結果は出る(時間が短縮できる)けれども、長期的には損失が大きい(健康を損なう)。

逆に本質、健康的な食事を摂取した場合は、短期的に結果が出ない(時間がかかる)けれども、長期的には利益が大きい(健康を維持できる)。

それにしても、本質を解決するって難しいですね!

最後に

僕自身もまだ33歳と若くはありますが、日々、本を読み、ニュースを見て、自分で考えているところです。この激動の時代、何が正しいのかわからなくなるはがあると思います。

そのときに考えるべきはそれは本質なのか、解決しなければならない課題なのか、自分がやらなければならない重要なものなのかということだと思います。

こういうブログを書くあたり、人生難しくしているのかもしれないと思いつつ、少し楽しんでいる管理人でした。

本日もここまで読んでくれてありがとうございました!

副業でお金を稼ぐためには活動の源泉が必要だと思う。

皆さん、こんにちは。起業失敗して反省中の管理人ゆのけいです。

今回は何を書こうかなと散歩しながら考えたことをつらつらと書いていきます。

はじめに

副業・兼業ブームで多くの世の中の人々はお金を稼ごうと動いています。まるでお金を稼ぐことは正義とも感じるくらいです。僕もお金を稼ごうと副業の動画編集から専業になり失敗したのでそういった気持ちはわかります。

「会社員は稼ぎが限られる。」

「自信を失わせる上司から離れたい」

・・・という気持ちもあり、僕はスキルなしの状態で起業しました。でも、今だからこそ気づいた点があります。お金を稼ぐために、自分の活動の源泉を犠牲にしてしまったことです。

副業でお金を稼ぐ目的とは

お金を稼ぐメリットは誰でも知っています。

本業以外のお金が少しでもあれば、物が買えます。サービスも買えます。女も酒も高級な食材などなど多くの事柄を成し遂げることができます。人によっては「9割の問題は金で解決できる」というほどです。

しかし、その目的は自分にあったものなのか、自分が心の底から願った気持ちなのでしょうか。発言力の高いインフルエンサーの言葉や稼いでいる人の言葉を鵜呑みにしているだけなのではないかと思うのです。

起業に失敗して今感じること

率直に言います。

好きなことのために、今、好きなことを我慢してお金を稼ぐことはやめておいたほうが良いということです。なぜ、そう思うのかというと僕が後悔しているからです。

僕の場合は趣味の武道の合気道や小規模な農業ができる時間な余裕や経済的な力が必要だと思い、合気道や農業を我慢してお金を稼ごうと、ここ5年ほど頑張ってきました。

でも、それでも結果が出ませんでした。やり方や努力が足りなかったと言われれば、それまでですが僕は合気道や農業をやめるべきではなかったと思います。

僕はいつも、作業の合間や休日に遊ぶのは悪いことだと思いました。副業でお金を稼ぐことは半端なことではなかったからです。でも、ストイックにすべてを犠牲にして結果を出すのは僕に合うスタイルではありませんでした。

どうすれば、良かったと思うのか?

それは本当にやりたいことや自分の活動の源泉を日常に少しでも取り入れた状態で、副業に取り組むのです。僕の場合で言えば、趣味の合気道をやること、少しでも農業を生活に取り入れる。

それに合わせて、本業のスタイルや場所を選定し、その上で副業をするのです。

これは人によって全く違います。ビジネスがものすごく好きな人ならば、その副業が好きな人もいます。家族とのひと時がそうかもしれません。活動的な人ならば何らかのスポーツかもしれません。もしかしたら、絵をかいたり、小説を書くことかもしれません。

誰もが東京の高級マンションに住みたいわけではないのです。高い車に高い腕時計を身に着けたいわけではないのです。今の生活に少しでも自分の理想を取り入れること。それが人生の幸福感を高めるのではないかと思います。

自分が幸福だと思う生活をして兼業や副業をする

ネットワークビジネスやネットビジネスなどビジネスに関わり始めて5年経ちました。その中での1つの答えです。自分がやりたいと思う活動の源泉を生活に取り入れた幸せな生活を維持しながら兼業や副業をする。

未来のために今を犠牲にするやり方はあまり、長続きしません。

1日でも今の生活を脱したいと思う精神状態よりも、いつも幸せだなと思う毎日がもう少し幸せになった方がいいと思いませんか。人生には我慢することもあります。でも、今、この瞬間の連続が人生です。自分に経済力がなくても、知識がなくても、経験が浅くても、どんな状態でも今、やりたいことをやる。それが人生で最も大切だと思います。

お金や物のために生活しない

お金も物もあらゆるサービスも幸せになるための方法の1つでしかないのです。お金がないから物がないから不幸ではない。お金や物のために生活をするから不幸になるんです。「〇〇がないから不幸だ!」ではなく「僕には〇〇があるから幸せだ」といえることが大切だと思います。

自分の周りを幸せな環境にする

もし、自分が幸せだと思わないのならば、自分が幸せだと思う環境に変えたほうがよいでしょう。不幸の要因は仕事かもしれません。リアルやネットでの人間関係かもしれません。住んでいる場所かもしれませ。自分の本当の願いに耳を傾けることが人生を変えることになるのだと思います。

最後に

今日も熱く語ってしましました(笑)

文章にすると気持ちが本当に整理できますね。少し楽しいですね。こんな感じで、なるべく毎日書いていこうと思います。今は稼ぐ抜きで自分の思考を変えています。今は気の向くままに書いていこうと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

月額課金サービスをやめるという決断をして感じたこと。

どうも、管理人のゆのけいです。

今日は朝から瞑想と散歩をして頭がスッキリしております。今日から6月に入り、僕の住んでいる近くの川では鮎釣りが始まる感じでしたね。

はじめに

最近はネットフリックス、アマゾンプライム、huluなど月額課金サービスといわれるサブスクリプション型サービスが多いですよね。僕もアマゾンプライムに入っていました。でも、今、経済的に厳しいというのもあってスマホや自宅の通信環境以外の月額課金サービスをやめることにしました。そこで少し、考えたことがあったのでつらつらと書いていきたいと思います。

月額課金サービスのメリット

まず、単純に動画配信系なら見放題の動画多く楽しく、Spotifyなんかの音楽配信系なんかは広告が入らず良いですし、プログラミング学習などの学習系は無料はここまでここからは有料ですという案内があったりしますね。

間違いなく、便利で快適です!

以前、僕がやっていた動画編集で使っていたドロップボックスというクラウドストレージサービスは無料ではクラウド上に2GBですが、有料だと2TBのネット上にストレージ(データを保管する場所)がありました。他にはアドビ社が作っているソフトのAdobe Creative Cloud、通称AdobeCCはillustratorやPhotoshopなどの10種類以上のAdobeソフトが月額5000円ほどで最新版で使えました。

これにもすごく助かっていました!

月額課金サービスのデメリット

もちろん、楽しい、便利や快適の裏にはお金がかかっていますよね。

それぞれは月額1000円ですよ!というと安く感じます。でも、年間1万2千円というと高く聞こえませんか?そんなサービスを10個の加入すれば月で1万円にもなりますし、年間10万円という結果になります。

僕はこの点をもう少し深堀していました。

月額課金サービスで考えたこと

このサービスは物をなるべく持たず、便利で快適に感じました。

しかし、その中身は企業にお金と時間を奪われるものだと自覚することだと思いました。僕は今、派遣社員で自分の時間を切り売りしてお金をいただいています。その上、便利さや快適さを求めて時間とお金を奪われるのは厳しいなと思いました。

やはり、時間やお金を奪われないポイントをなるべく作らないことがポイントだと感じます。

さらに拡大して考えたこと

これはパソコンや車にも言えるんじゃないかと・・・

パソコンなら例えば月額2万で年間24万にもなる人もいるし、車なら整備費やもろもろも含めれば月額3万で年間36万にもなるんじゃないかと思いました。

物を持つことは安心感もあるし、便利でもある。でも、ローンや分割で払っているのはただのレンタルじゃないかと感じました。すべての支払いが終わったとき、新しいものが欲しくなる。その繰り返しになるんじゃないかと。

僕はこの「所有の連鎖」がなければ、生活ができないのかと疑問になりました。僕の場合はパソコンのスペックを求めてより高性能で快適なものを求めました。でも、スキルがなくお金が底を尽きた今、「僕には過ぎたものだと」感じます。

それと同時に一つの大切なことを感じました。

物を大切にする

それは物を大切にすること。

僕は新しいパソコンや新しいマウスを求めた時に、当時使っていたパソコンやマウスのことをスペックが足りず、不便なお前が悪いと言わんばかりに押し入れにしまいました。

自分の都合だけで今使っているものを大切にしないのはお金がかかるし、その物への感謝が足りないと感じました。

「壊れるまで使ってあげよう。」「今は我慢するとき」

あの時にこう思っていれば、負債が多くなり、生活が維持できなくなるまではならなかった思います。もったいないという言葉は日本人なら誰でも知っている万物への畏敬の念です。

人と物は違うのは百も承知で言います。人と同じくらい物を大切にすることは物からの愛されることだと思います。そして、物を大切にしない人は物に裏切られ、お金に逆襲されるのではないのでしょうか。

今に感謝する

今だからこそ、思います。それは今に感謝すること。

それは人であっても、物であっても変わりません。当たり前と思ったり、使えないやつと思った瞬間、近い将来に自分が思ったその負の感情を相手から返されることになります。

僕は物やお金から「ふざけるな!」と怒られてしまいました。

最後に

何かを所有するとき、それは本当に今の自分に分相応なものなのか。その便利さや快適さは今すぐに本当に必要なものなのか。それがもし分不相応ならば、お金や物に対しての付き合い方を考える必要があると思います。

あなたはお金を大切にしていますか?

ここまで読んでくれてありがとうございました!